二牟礼さんは中学時代に手話の勉強をしていたこともあり、高校に入学したころは手話通訳などをする「言語聴覚士」を目指していた。しかし、その後、「数学が好きだから、数学の先生になろうかな」と思ったり、「薬学に進もうか」と思ったりして、なかなか進路を確定することができなかった。さらに、通っていた高校で「物理の本質をくみ取るような授業をする、すごい先生」に出会い、物理の勉強をしたいという気持ちも強くなる。
「数学と物理が好きだったので、もともと医療系に進みたいという気持ちはあったんですが、具体的にどんな仕事をしたらいいか悩んでいました。でも、そのころ、テレビで人工内耳をつくるのを見て、そうか、機械工学という分野から医療にアプローチする方法もあるんだ、と思ったんです。これなら、自分のやりたい物理を生かしていけるし、好きな手話もつなげることができると思いました。」
高校に入学したころから、「絶対、現役で国公立大学に行きたい」と思っていた二牟礼さん。物理か数学かで迷っていたころは、埼玉大学を志望していた。しかし、高3の夏に機械工学に進むことを決めると、物理科や数学科のない農工大も選択肢に入ることがわかり、実際に学園祭に行ってみることにした。
「学園祭がとっても楽しかったんです! 留学生が多くて国際色も豊かだし、何より工学設備がすごくて。ここなら、自分のやりたいことがすぐできる。誰かに設計図を渡してつくってもらうのではなく、自分のつくりたいものを自分でつくることができるし、その場で手直しもできる。4年間、絶対楽しめると思って、『ここだ!』と決心しました。」
その後の二牟礼さんは農工大ひとすじ。
「他大学もいくつか受験しましたが、実は農工大に行くことしか考えていませんでした。私立は、農工大の一般入試に向けて練習するつもりもあって、全部、傾向の似ている大学を選びました(笑)。」
二牟礼さんは中2の冬から栄光ゼミナールに通い、高校受験をして、そのままナビオに入った。
「実は、ナビオに入った一番の理由は自習室(笑)。私は家では一人じゃないと勉強できないので、勉強はすべてナビオの自習室ですると決めていました。自習室では、集中して長時間勉強を持続できたのでよかったです。」
ナビオの友達とは、毎日、ご飯を一緒に食べた。
「といっても受験モードに入ったころからは、ご飯も10分ぐらいで食べ終わって、みんなさっと自習室に戻る感じでした(笑)。ダラダラしていると、誰かが『じゃ、勉強するから』って言ってくれて。いろんな意味で刺激になる仲間でした。」
二牟礼さんは「受験勉強をつらいと思ったことは一度もない」という。
「もともと勉強が好きで、受験だからといって、勉強を嫌いになりたくないと思っていたんです。だから、どうやったら楽しく勉強できるか、自分なりに工夫しました。なかでも色鉛筆や蛍光ペンなどを使う色分けが楽しかったですね(笑)。」
そんな二牟礼さんだが、センター試験の過去問の得点がなかなか伸びず、「どうしたら上がるんだろう?」と思ったこともあった。
「でもナビオの先生に『このままで受かるのかな』と相談したら、『受かる人が受かるんだから、受かる人になればいい』って言われて。『そうか、自分で、受かるための勉強をすればいいだけの話なんだ。よし、できる限りのことをしよう!』と思い、冬はその勢いで(笑)乗り切りました。」
農工大の推薦入試は、志望理由書とセンター試験の得点で決まる。
「まず志望理由書で適性のある者を選び、そのあとセンターの得点を見るということだったので、志望理由書にはかなり力を入れて、『つくりたいものがつくれること』と『研究室が充実していること』を書きました。高校やナビオの先生をはじめ、小論文の添削をしている方にも見てもらい、5、6回は書き直しました。」
しかし、センター試験では「緊張はしなかったけど、思ったより点数が取れなかったから合格は無理だと思った」のだとか。
発表の日は、朝から家で私立の過去問を解いていて、発表時間を過ぎてからネットを開いた。
「合格がわかったときは『今、受験生が終わったんだ...』と思ったんですけど、机の上にはそれまでやっていた過去問がひろげてあるんですよね( 笑)。そのまま答え合わせと解き直しをして(笑)、それから母にメールしました。」
そのあとお母さんと大学の掲示板の前で待ち合わせて合格を確認。さらに「家でもう一回分、過去問をやってから、ナビオに報告に行ったので、先生から『遅いよー』って言われました」と笑う。その後、「出願した学校は全部受けると決めていた」意志を貫き、すべての学校を受験して合格。最後まで気を抜かず、納得のいく受験生活を完了した。
高校では管弦楽部でチェロを弾いていた二牟礼さん。
「これからも、音楽にはずっと関わっていきたい。大学では、物理の授業がすごく楽しみです。」 今、夢に向かって確かな第一歩を踏み出した。
農工大の学園祭でもらってきたピンクの蛍光ペンは、「ずっと使っていたのでネームが剥げて消えてしまって、 これは二代目なんです(笑)。」小型のノートには、毎日、自分が間違えたところをすべて書き込んで、 いつも見直すようにしていた。「二度と同じ間違いはしないと決めていました。」
